ドラくぼん 3
「話って、なんですか?」
聞いたのは神谷ではなかった。
穏やかに笑うドラくぼんだ。
「君には関係ない話だよ。えーと、久保・・」
「嘉晴です。神谷のことで俺に関係ないことはないですよ。大事な友人ですから」
大事な、というところにさりげなく圧力をかけて、ドラくぼんは斉木に言った。
自称だろうとなんだろうと、未来からきたロボットである。並みの小学六年生では太刀打ちできない。
言い返したのは、やはり並でない小学六年生だった。
「いとこってだけだろ」
「大事な、いとこです。赤の他人とちがって」
・・・空気が、寒かった。
南極大陸に何か間違って裸足で上陸してしまったような、突き刺す寒さである。
(笑顔が怖いんだよ・・・・)
せめて別の表情をしてくれれば空気も燃えるだろうに、この穏やかな笑顔の下では冷たい風が吹き荒れるだけである。
当事者の神谷が口をはさむ隙もない。こっそり周りを見回せば、斉木が情けない顔で内海の袖を引っ張っている。
哀れだ。しかし人のことはいえない。自分もドラくぼんの袖を引っ張って止めさせたほうがいいかもしれない。
「これからは俺が神谷のそばにずっといますから」
「おい、久保・・・・」
何言い出すんだという言葉は、向けられた笑顔の前に消えた。
(有無を言わせぬ、ってこういう意味だったんだなあ・・・)
「ずっと?転校してくるってことか?」
「いえ、俺も登校拒否児なので」
スマイル百円できっぱりと言い切られた瞬間、気まずい沈黙が落ちた。
神谷自身、思わずなんといっていいのかわからずに言葉に詰まった。突っ込むべきところは多々あるが、突っ込んでいいのかわからないしそれに。
(何をいっても無駄な気がする・・・・・)
世間一般の登校拒否児のイメージとかけ離れた顔で言い切られると、なんかもう言ったもん勝ち。
その沈黙にようやく内海に押さえつけられていた斉木が、半ば身を乗り出してドラくぼんに語りかけた。
「あの、久保君。俺たちは神谷に、無理に学校に来いとか言いに来たわけじゃないんだ。ただ、俺が少しでも力になれることがあったらって思ってさ」
照れくさそうに、けど本心の言葉を斉木は言った。
小さな頃、まだ何もわからないくらい小さな頃は一緒に遊んだ仲だったから、少しでも力になれたらいいと斉木は思ったのだ。
それは心からの善意で、だからこそ神谷もむげに追い返せない。
それをドラくぼんは知っていた。いや、正確には、これとそっくりな状況を経験していた。
だから、言った。わずかな悪意をすらこめて。
「あなたが力になれることなんて何もありません。わかったらもう帰ってもらえますか」
思わず、ドラくぼんをの顔に目を向ける。
彼のこんな冷たい声は初めて聞いた。
こんなに怒っているドラくぼんを初めて見た。
反発するより先に気圧されて、口をつぐんだ斉木の代わりに口を開いたのは、それまでずっと黙っていた加納だった。
「・・・・・また、来る」
その低い声に、ぬるくなったフルーチェを見つめて、神谷は動かなかった。
「ごめん」
三人が帰ったあとコップをかたずけていた神谷に、ドラくぼんは真っ先にそういった。
「ごめん神谷。・・・・怒った?」
「何で俺が怒るんだよ」
「だって、神谷のお客さんだったのに、俺が勝手に追い返しちゃった・・・」
しょんぼりとそういうドラくぼんは、なんだか可愛かった。
きゅっきゅとコップを洗いながら、神谷はすこうし意地悪く笑った。
「怒った」
「ごめん〜!ごめんなさい!」
「嘘だよ」
えっ、と上目遣いで見てくるドラくぼんに、本当は少し泣きそうな気持ちを抑えてわざと無愛想に、言った。
「サンキュ。助かった」
「・・・・・・・神谷ぁ!!」
「うわっ!なにすんだ、この馬鹿!!」
抱きついてきた同じくらいの体型のロボットを、重い!と引っぺがす。
「そんな、照れなくてもいいのに・・・」
「ああ?何か言ったか?」
じろりと見やれば、なんでもないです・・・と小さな声で答える。
全く、スキンシップが過剰なんだよと呟いた神谷は、それでも小さく笑った。
「よくやったわ、嘉晴」
いつのまにかおやつを食べ終えていた実花が傍にきて、握りこぶしをつきだした。
「あいつらあたしが何か言っても、実花ちゃんはあっちで遊んでてねとかいって、すぐ子ども扱いするんだから!今日実花、胸がすーっとしちゃった」
なにやら燃えている実花の手を取って、ドラくぼんは感極まって叫んだ。
「ありがとうみかちゃん!安心して、これからは俺が守るからね!!なんといっても、俺は未来からごふぅ」
ドラくぼんはお腹をおさえて声なく床に沈み込んだ。
鉄拳は炸裂させた神谷は、何もなかったかのようにコップを洗っている。
「嘉晴ー?大丈夫ー?」
「だ、大丈夫・・・・・」
うずくまってうめいているドラくぼんだが、ある意味自業自得。
未来から来たなんていわれた日には、そく病院行きである。
「ほら実花、遊んでないで。宿題はおわったのか?」
洗い終えて聞けば、まだらしい。
不満げな顔に、少し厳しい顔をする。
「わかんないところがあったら教えてやるから、やっておいで」
「・・・お兄ちゃん、明日学校行く?」
「明日は・・・・いかねえ。けど、明後日は行くから」
小さくても賢い女の子は、頷いて笑った。
「じゃあ、明後日は一緒に行こうね!約束よ」
それから自分の部屋に向かおうとして、不意に立ち止まり戻ってきた。
「実花?」
小さな女の子は、いつの間にか復活していたドラくぼんの頭を背伸びして撫でる。
「あのね、大丈夫よ。勉強なら、実花が教えてあげるから。実花にわかんないところはお兄ちゃんが教えてくれるから、学校に行かなくても、嘉晴は、大丈夫なの」
実花は一生懸命、そう言う。
大切な兄をかばってくれた人に、感謝の気持ちをこめて。
だから、ドラくぼんもこれ以上なく真摯に笑んだ。
「ありがとう。頼りにしてるよ」
返ってきた言葉に満足して、今度こそ実花は自分の部屋に行った。
台所に椅子に座って、神谷は自嘲をこめて苦笑した。
「・・・情けないな、俺。実花にまで心配かけて」
続く言葉をさえぎって、ドラくぼんは神谷と目線を合わせた。
「何が情けないの?自分を見くびるのは神谷の悪い癖だよ」
視線を合わせて、声を伝えられる。
「もしみかちゃんに何かあったら、神谷は心配するだろう?俺に何かあっても、心配してくれるだろ?俺たちが神谷を心配するのは、それと同じことだよ。何も情けないことなんてない」
乾いた土に水が染み込むように、凍った氷が熱にゆっくりと溶けるように、ゆっくりとでも確かに、ドラくぼんの言葉は神谷を暖める。
「それに、心配くらいさせてよ。神谷はすぐ無茶するんだから」
「無茶なんかしてねえよ」
「してる」
言い切ったドラくぼんを睨んで、少しにらめっこして、やがて二人で笑い出した。
「さーてと、今日の夕飯は何にしようかな」
本日の夕食を頼まれている神谷はあちこち開いてみて、重大なことに気が付いた。
「・・・・味噌がない!」
神谷家は和食はである。ご飯にお味噌汁は付き物。
「俺買ってこようか?」
ありがたい申し出ではあったが、首を横に振った。
「近くだから俺が行ってくるよ。お前じゃ味噌と醤油間違えそうだし」
「ひどい・・・・・」
涙目の訴えを無視して財布を取ってきて、ふと思い出していった。
「斉木さんのことだけど・・・・」
「なに?」
ああやっぱり、笑顔が恐い。
どうやらドラくぼんは、あの一つ年上の相手を嫌っている。すごく嫌っている。
だから、逆効果かなとも思いながら神谷は思わず言ってしまった。
「あの人は悪い人じゃないんだよ。本当に、悪い人じゃないんだ」
むしろいい人の部類に入る。
ただ、神谷との相互理解の道は厳しい。それでも、悪い人じゃないと知っている。
「うん。わかってるよ」
頷いたドラくぼんにほっとして、神谷は味噌を買いに出かけた。
「わかってるよ・・・・・」
神谷のいなくなった台所に一人立って、ドラくぼんは目を閉じた。
そしてクスリと、笑う。
温かみの消えうせた顔で、毒を含んだ笑い声を立てる。
「わかってる」
ああ、忌々しい。
大切な人にはけして見せない顔で、あの男に呪いでもかかるといいと願う。
あの男が消えたら、どんなに嬉しいか。
想像して、クスクスと笑った。
声は暗く、目は痛いほど尖った光を持ち。悪い人じゃないんだといった神谷の顔を思い浮かべて、ささやく。
「わかってるよ神谷。だから俺はあの男が大嫌いなんだ」
それは幼い子供でも、未来のロボットでもなく、全てを支配するほどの憎悪を知っている者の声だった。
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